自動潅水装置とは、スプリンクラーや潅水チューブ等を用いて作物の水やりや施肥を自動的に行う設備のことを指します。
この設備を使用した作物の水管理法は、多大な時間と労力が必要とされる作物の水やり作業がすべて自動で行えるため、国内外の多くの農業生産者が導入するシステムとなっています。
この記事では農業における潅水装置の役割や方法、装置等を紹介していくと共に、先端技術を活用した事例も紹介していきます。
目次
1.農業における潅水装置の役割
2.目的に応じて変わる潅水の種類
3.場所に応じて変わる潅水の方法
4.自動潅水システムの概要
5.潅水設備に使用される様々な装置
6.ITを活用した潅水設備の事例
7.AIを活用した潅水装置の事例
8.研究結果から見る潅水の先端技術を紹介
9.自動潅水装置の概要まとめ
1.農業における潅水装置の役割
1)農作物の生育に欠かせない「水」
農業における潅水装置の役割は、農作物の生育に欠かせない「水」を与えることにあります。根から吸収された水は、養分と混ざり、植物の体内を巡ります。葉の裏に多く分布している「気孔」と呼ばれる穴から、水蒸気となった水は放出されます。この水蒸気となって水を放出する作用を「蒸散」と言い、植物はこの作用によって栄養を体内に巡らせることで成長します。
農作物の水やり作業は多大な労力と時間を要しますが、自動潅水装置を設置すれば水やり作業に係る一切の作業を自動で行うことができます。
2)病害虫の予防等に効果
農作物には、品種によって葉に水がかかると病気になりやすいものがあります。
自動潅水装置に使用されるチューブには孔径や配列形、ピッチ数など様々な種類があるため、その作物に適した水量を葉にかからないように施すことができます。 特に、農作物の株元に直接水を与えることができる点滴潅水は、特に病虫害対策に適している潅水方法です。点滴潅水は、使用する水を最小限に抑えることができるので、コスト削減にも繋がります。
3)品質や収量にも影響
農作物に与える水量は品質や収量にも大きく影響を及ぼします。
土中の水分量は農作物の生育に係る重要な部分ですが、トマトなどの作物は糖度を高くする為に潅水量を抑制してあえて厳しい環境下に置くそうです。
自動潅水装置を使用すれば農作物それぞれに合った適切な水量のコントロールが可能になります。
4)圃場の乾燥対策にも
潅水チューブは、夏場の暑さや雨不足など圃場の乾燥対策にも有効です。
農作物は土壌が乾燥すると土の中の栄養分や塩分濃度が高くなり、十分な水分を吸収できなくなるという特性があります。また、ビニールハウスの栽培では、ハウス内の乾燥予防のためにミスト状の潅水を行う場合もあります。ビニールハウスの頭上に、ミストタイプの潅水チューブを設置し、適宜潅水装置を作動させることで乾燥予防ができます。
潅水チューブを使用すれば、様々な気象条件や圃場環境に応じた潅水作業が可能になるだけでなく、ハウス内の湿度を保つこともできるようになります。
2.目的に応じて変わる潅水の種類
1)地表潅水
地表潅水は、作物が植えられた畝間の表面にチューブやパイプを設置して潅水する方法です。
ビニールハウス等の施設園芸や野菜の露地栽培等で行われる方法です。
2)点滴潅水
点滴潅水は、点滴のようにゆっくりと水やりを行う潅水方法です。
潅水に使用するチューブやパイプには、地表に設置して使用するタイプと地中に埋没して使用するタイプの2種類があります。ムダの無い効率的な潅水が特徴です。
3)頭上潅水
頭上潅水は、ビニールハウスなどの施設園芸で用いられる潅水方法です。
ハウスの天井部にノズル付きのパイプを設置して施設全体を潅水します。最近では細かい霧状の水を散水するタイプの製品も発売されています。
3.場所に応じて変わる潅水の方法
1)ビニールハウスでの使用
自動潅水設備が最も多く使用されるシーンとして挙げられるのがビニールハウス等の施設園芸です。
季節や天候を問わない栽培法であることや、設置箇所の多様性から地表、点滴、頭上のすべての潅水方法が使用できます。
2)露地栽培での使用
自動潅水設備は、大規模農場など大量の作物を露地で栽培する際にも使用されます。
高齢化や担い手不足など農業の人手不足が叫ばれている昨今において、作業時間を大幅に短縮できる潅水装置は、農業の省力化に向けた有効な手段といえます。
3)圃場の乾燥対策での使用
自動潅水設備は、夏場の暑さや雨不足による圃場の乾燥対策にも有効です。
農作物は土壌が乾燥すると土の中の栄養分や塩分濃度が高くなり、十分な水分を吸収できなくなる特性があります。
4.自動潅水システムの概要
自動潅水システムとは、水源から水を運ぶチューブやパイプ、水をろ過するフィルター、液体肥料を混入する機械、作物に水を与えるスプリンクラー等の装置で構成された設備のことを指します。
自動潅水を行うためには、これらの装置が体系的かつ効果的に作動する必要があります。
5.潅水設備に使用される様々な装置
1)株式会社サンホープが開発する潅水システム
株式会社サンホープは、散水用スプリンクラー等の開発・製造を手がける企業です。
「水と環境をコーディネートをする」を企業理念に、農業分野に向けた製品の開発ほか緑化事業等を展開します。
同社は、国土の半分を砂漠地帯が占めるというイスラエルの農業技術に注目し、約40年前から少量でも効果が出る潅水技術の開発を進めてきたそうです。
現在は、地域によって異なる様々な農業者のニーズに対応するため全国のファミリー企業と連携して独自の販売網を築いています。
1.サンライザーセット
https://www.sunhope.com/wp/wp-content/uploads/2016/05/cd01e64508cc53e304360ac8bdfa768b.pdf
育苗やハウス栽培、茶園の潅水、凍霜害防止に最適な潅水セットです。
ハウス育苗から露地栽培などあらゆる場所で使用でき、農薬や肥料の浸食を防ぐ工業用合成樹脂を素材としています。
一列配管で間口2.5間~4.0間(4.5m~7.m2)までムラ無く均一に潅水できる優れた均一性が特徴です。
散水の自動化が簡単に行えるスプリンクラーシンカー(DC-1)を採用しています。
2.スーパーディフューザーホースセット
https://www.sunhope.com/wp/wp-content/uploads/2019/07/superdiffuser201907.pdf
低衝撃で細かい水滴が特徴のホースセットです。
風の影響を受けにくい設計で広範囲かつ均等な散水を可能にしています。
別売りのスプリンクラーとニップルを装着する必要がありますが、設置や増設、移動や撤去が簡単に行えます。
使用するホースは安価に導入できるスタンダードタイプとねじれにくいユニカップラー付きのタイプの2つがあります。
3.サンホープのドリップかん水システム
https://www.sunhope.com/wp/wp-content/uploads/2018/04/white-series.pdf
イチゴやトマトの潅水に適した点滴タイプの潅水システムです。
点滴潅水の特徴であるゆっくりとした潅水作業で厳密な水分管理を実現します。
水源から水をろ過するディスクフィルターを通り、逆流を防ぐ逆止弁と液肥混入機を経てストッパーに辿り着く仕組みです。
イチゴとトマトそれぞれに適したホースを選択することが可能です。
4.液肥混入機ドサトロン
https://www.sunhope.com/wp/wp-content/uploads/2019/06/dosatron201905.pdf
正確な希釈精度を誇る電源不要の液肥混入機です。
水量に応じた確実な液肥の注入が特徴で、接続された水量を動力源にしています。
潅水設備の規模に応じた6種類のタイプが発売されているため、対象作物や環境・条件に合わせたタイプを選択することが可能です。
ビニールハウス等の施設園芸ほか畜産業や緑化事業にも使用されています。
5.養液システム「肥家効蔵(こやしやきくぞう)」
https://www.sunhope.com/wp/wp-content/uploads/2016/03/koyashiya2018.pdf
液肥混入機ドサトロンを使用した養液栽培キットです。
大規模な設備を必要としない低コスト型の養液システムで、通水と施肥の両方を簡単な操作のみ行うことができます。
組み立てやメンテナンスが容易にできるシンプルな設計が特徴で、目詰まりを防止するディスクフィルターが標準で2台装備されています。
薬液の逆流を防止する逆止弁も付属しています。
6.半自動洗浄スクリーンフィルターくるくる亭NEW楽太郎
https://www.sunhope.com/wp/wp-content/uploads/2018/04/kurukurutei.pdf
ハンドルをくるくる回すだけで掃除ができる半自動型のスクリーンフィルターです。
掃除のタイミングは、内臓されたインディケーターが本体から押し上り知らせてくれる仕組みになっています。
ハンドルの回転は3秒/1回転が目安で、洗浄を終えるとインディケーターが自動で下がります。
潅水設備のメンテナンスの時間が大幅に短縮できることから多くの生産者が愛用しています。
7.養液栽培システム「太耕望(たいこうぼう)」
https://www.sunhope.com/products/taikobo.html
養液栽培ユニット、かん水ユニット、有機培地ここうえる、トレーユニットから成るサンホープのオリジナル栽培システムです。
有機培地ここうえるは、ヤシガラを野菜栽培用に調合した培地で使用後は土壌改良剤としても使用できます。
養液栽培ユニットには液肥混入機ドサトロンをはじめ電源が不要な電池式のタイマー等が使用されています。
6.ITを活用した潅水設備の事例
1)Bluetoothやスマホアプリを活用した潅水システム
養液栽培システム「太耕望(たいこうぼう)」に使用されている電池式のタイマーは、無線通信技術である「Bluetooth(ブルートゥース)」を、潅水設備の周辺機器としては日本で初めて導入した製品となっています。
専用アプリを利用すればスマートフォンやタブレット等のデバイスから水量や時間を設定して潅水作業を行うことができるそうです。
システムの開発元はイスラエルでサンホープがアプリケーションの言語を日本語へと翻訳しました。
2) 太耕望でできること
サンホープ式養液栽培システム「太耕望」は、導入することで作物や圃場に最適なシステムをトータルで補うことができます。潅水ユニットでは、節水型のドリップ潅水資材を用いており、厳密な養水分管理を行うことができます。ヤシガラを調合した有機培地では、使用後も土壌改良剤になるようなエコな培地です。電源不要の溶液栽培ユニットは、自動潅水タイマー搭載で、スマートフォンから潅水時間を制御することができます。導入するにはサンホープで会員登録が必要ですが、入会金や年会費などはかかりません。また、修理期間中は代替機を無料で貸し出してくれる他、補修パーツも充実しています。
7.AIを活用した潅水装置の事例
1)AIによる自動潅水を実現したシステム「ゼロアグリ」
ゼロアグリは、AI技術を活用した養液土耕・養液栽培向けの自動潅水施肥システムです。
このシステムを導入すれば、AIが分析した土壌水分量や土壌EC値、天気予報、日射量、地温などの環境データと潅水量や施肥量などの栽培データを、PCやスマートホンからモニタリングして遠隔からシステムを制御することが可能になります。
潅水と施肥の設定は1日5分程度で完了するため、これまで費やしていた手動による調整やタイマー設定の時間を生産規模の拡大や販路の開拓等に向けられます。
2) ゼロアグリでできること
AIを活用したゼロアグリでは、上記のような潅水時間の短縮だけでなく、収穫量や品質の向上、農業における経験と勘を見える化することができます。収穫量や品質の向上については、毎年変化する気候条件に応じてAIが的確な判断を行い、潅水を実行します。そのため、収穫量の向上や品質の安定につなげることができます。農業における経験と勘の見える化について、これが重要な理由は、農業が他業界と比べて固定のマニュアルがなく、農家さんの知識と経験に委ねられるためです。農業と他業界を比べると、栽培技術の伝承の難しさは課題と言えます。
ゼロアグリは農家さんの経験と勘を見える化することで、課題解決を目指しています。
8.研究結果から見る潅水の先端技術を紹介
最後に国や県、大学などの研究機関が発表している潅水技術に関する研究結果についてご紹介します。実際に圃場で測定されたものや作物によって異なる効果など、ここでは紹介しきれないほど様々研究されています。
1)IoTによる栽培技術と自動潅水教材の開発
近年の地震や大雨などの自然災害が農業にもたらす影響や、農業界に根付く高齢化の課題解決に向けて、IoTによる栽培技術が注目されています。(東北大学、東北大学院が2018年に発表した研究)
各種センサーや衛星画像、タイムラプス画像と蓄積された栽培データをもとに、潅水・温度・照度などを遠隔操作して栽培する実験が繰り返されています。具体的には、世界的な気候変動に伴って、コーヒーの栽培が減少する可能性が危惧されている状況に対して、気候条件の異なる東北地方で、コーヒーの木を遠隔操作で試験栽培を行うなどしています。
このようなIoTによる栽培技術と合わせて、土壌の湿り具合を一定にたもつ自動潅水技術などが一つの教材としてまとめられ、「IT農学」という新しい学問が誕生しました。この学問を通して、新しいアイデアが生まれ、農業・農村が活性化することが期待されています。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tsjc/2018/0/2018_28/_article/-char/ja/
2)点滴潅水がメロンの生育に与える影響
序盤にご紹介した、点滴潅水についての研究です。温室でメロン栽培における点滴潅水の自動制御方式が潅水パターンと生育、品質に及ぼす影響について調査した研究結果をご紹介します。(愛知県農業総合試験場が2003年に発表)
この研究では、効率的な潅水パターンを調査するために異なる潅水方法でメロン栽培を行っています。潅水パターンは、①土の湿り具合を示すpF値を感知して低くなったら自動的に潅水するパターン、②設定した時間にpF値が低ければ潅水をキャンセルするパターン、③手動で潅水装置のタイマーを調整するパターンで検討しました。
まず、①と②を比べると、①のpF値を感知して自動的に潅水するパターンの方が、各生育ステージや天候に合わせた効率的な潅水ができました。また、①では潅水量と日射量に相関関係があり、果実は肥大し、外観もよく、糖度は15.5%と高くなりました。さらに、①は③と比べても省力的な結果になり、①のpF値を用いた潅水パターンが最適だと考えられます。
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010691317.pdf
9.自動潅水装置の概要まとめ
自動潅水装置は、農業の省力化を推進するための大きな材料のひとつです。
自動潅水に使用される装置には様々な種類があり、それぞれが体系的に活用されることでその役割を果たしていきます。
自動潅水装置による潅水作業の自動化は、農業IoTやAIを活用した先端技術の導入で生産者の農業経営をこれまでよりもさらに便利なものにしてくれることでしょう。
また、国や県、大学など各研究機関では、自動潅水装置における様々な研究が行われています。これらの研究結果は「自動潅水が収穫量や品質向上に繋がる」と断言できるためのエビデンスになります。例えば、自動潅水装置導入時に使いたい補助金や助成金を申請する際の根拠にもなり得ますので、ぜひ研究結果についてはGoogle Scholarなどでも簡単に検索できますので、ぜひチェックしてみてください。