日本農業は、農業者の高齢化や後継者不足、耕作放棄地の増加等の課題を背景に、持続可能な農業生産を実現するスマート農業の普及が進んでいます。この記事では、全国で実施されているスマート農業実証プロジェクトの中から、水分センサーを活用した実証実験を紹介します。
目次
1.水分センサーの役割
2.スマート農業技術を活用した水分センサー
3.スマート農業実証プロジェクト
4.水分センサーを活用した農業実証実験
5.まとめ
1.水分センサーの役割
水分センサーは、主に以下の4つを目的に使用されています。
1)土壌水分の計測
なすやピーマン、メロン等の施設栽培では、土壌の表面が乾燥してきたタイミングで潅水作業が行われています。
通常、土壌表面の乾燥は手で触れた感触によって確認されていますが、水分センサーを使用すれば、土壌に含まれる正確な水分量が数値で確認できるようになります。
2)温度の計測
水分センサーは、水分の蒸発量の計算に必要な土壌温度の計測にも使用できます。
土壌水分の蒸発は、農作物の生育に必要な水分を不足させてしまうため、収量や品質に大きな影響を及ぼすといわれています。
しかし、水分センサーの中には、土壌に含まれる水分量だけではなく、土壌表面の温度や塩分等を計測できる装置もあります。
3)栽培データの収集
水分センサーは、農業生産の効率化を実現する栽培データの収集にも役立ちます。
情報通信技術(ICT)を活用した水分センサーの中には、PCやスマートフォン等のデバイスを使用して1時間ごとの土壌水分と温度をグラフ化できる製品があります。
これらのデータを活用した栽培ノウハウの蓄積は、「農業生産の安定化および日本農業が抱える人的課題の解決につながる」として、先進的農業経営に取り組む農業者を中心に大きな注目を集めています。
栽培データの見える化は、熟練農業者が持つ知見や高精度な農業技術を広く一般に普及できることから、栽培技術の継承や修得への活用も期待できます。
4)栽培データの共有
水分センサーは、農業生産に係わる業務を改善する栽培データの共有にも使用できます。
全国の生産地の中には、同一地域で同じ品種を栽培しているにもかかわらず、異なる栽培方法を用いているケースが少なくありません。
しかし、情報通信技術(ICT)を活用した水分センサーを使用すれば、土壌水分等の栽培データを共有できるようになるため、農業生産に係わる業務を地域単位で改善することが可能になります。
2.スマート農業技術を活用した水分センサー
スマート農業とは、ロボット技術やAI(人工知能)、情報通信技術(ICT)等の先端技術を活用して、農業の省力化や精密化・高品質化の実現を目指す技術のことを指します。
1)SenSprout Pro 潅水制御システム
当社が開発した「SenSprout Pro 潅水制御システム」は、インターネットを利用して潅水を遠隔から制御するシステムです。機器は、灌水ゲートウェイと潅水制御盤の2つで構成されています。
関連製品である「SenSprout Pro センサーシステム」は、土壌の水分量や温度の計測、グラフ化、栽培管理のデータ共有、水分量と温度の変化の通知、計測データのダウンロード等の操作を遠隔から実行できるシステムです。
深さ毎に異なる土壌の水分量と地表面の温度を1時間ごとに計測してデータを収集します。当社が行った実証実験では、地点毎に最大30%以上あった農作物の重量の違いを5%程度まで低減できる可能性を見出すことに成功しました。
・SenSprout Pro 潅水制御システム
https://sensprout.com/ja/irrigationcontrolsystem-2/
・SenSprout Pro センサーシステム
https://sensprout.com/ja/sensorsystem-2/
2)AI潅水施肥ロボット ゼロアグリ(ZeRo.agri)
ゼロアグリ(ZeRo.agri)は、農作物に必要な水分量をAIが算出して潅水や施肥作業を自動で実行するAI搭載型の潅水施肥システムです。
このシステムは、「土壌の性質が粘土質か砂質によって保水力が異なる」という性質を元に、48時間の準備潅水を行ったあと、AIシステムが圃場の土壌条件を認識して土壌水分量を一定に保つように潅水を制御してくれるのが特徴です。
開発したのは、D2C事業等を展開する株式会社ルートレック・ネットワークスで、土壌水分や温度等の環境データや栽培データの見える化をサポートする機能も備えるそうです。
・AI潅水施肥ロボット ゼロアグリ(ZeRo.agri)
3)環境モニタリングシステム Farmo
株式会社Farmoが運営する環境モニタリングシステム Farmo(ファーモ)は、田んぼの入水と止水を遠隔から制御する水田 Farmoとビニールハウス内のデータを見える化するハウス Farmoの2つで構成されたスマートフォンアプリです。
水田 Farmoは、水位センサーと給水ゲートの2つを使用して、田んぼの入水と止水の制御や水位のリアルタイム表示、水位データのグラフ化ができるアプリです。スマートフォンを使用して田んぼの水位を遠隔から確認・制御できるため、見回り回数を大幅に削減することが可能になるそうです。
ハウス Farmoは、太陽光発電の専用センサーを用いて、ハウス内の環境を見える化するアプリです。気温や湿度、炭酸ガス濃度等のデータを取得してハウス内の環境変化をグラフ化する機能のほか、ハウス内の異常をプッシュ通知する機能も備えるそうです。
・環境モニタリングシステム Farmo(ファーモ)
3.スマート農業実証プロジェクト
農林水産省では、スマート農業の普及を促進するための施策として、「スマート農業実証プロジェクト」というプロジェクトを全国各地の生産地で実施しています。
このプロジェクトでは、生産者や民間企業、研究機関らで構成された各コンソーシアムを実施者に、稲作や畑作、果樹、施設園芸など各地の栽培品目に合わせた実証実験(2年間)が行われています。
4.水分センサーを活用した農業実証実験
1)実証課題「ICTに基づく養液栽培から販売による施設キュウリのデータ駆動経営一貫体系の実証」(愛知県西尾市)※令和元年度
・対象作物:きゅうり
・実証コンソーシアム
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構、国立大学法人 豊橋技術科学大学、愛知県農業総合試験場、愛知県経済農業協同組合連合会、西三河農業協同組合、トヨタネ(株)、(株)PLANT DATA、(株)IT工房Z、PwCあらた有限責任監査法人、下村堅二氏、愛知県
この実証実験は、冬期の中でも比較的温暖な気候を利用して、長期一作型の促成きゅうりの栽培、根域の肥培、給液管理技術の見える化による飛躍的生産性の向上を目指したものです。
実験では、養液栽培の導入・データ駆動による収量の向上と労働生産性の向上を目標に、ICT技術を活用した養液栽培やデータ活用、生育・収量予測および生育診断等の技術を使用した農業経営の効率化の検証が実施されています。
2)実証課題「レモンにおけるスマート農業機械等の一貫作業体系の実証」(広島県大崎上島町)※令和元年度
・対象作物:レモン
・実証コンソーシアム
広島県西部農林水産事務所東広島農林事業所、広島県西部農業技術指導所、広島県立総合技術研究所農業技術センター、広島大学、東広島市産業部東広島市園芸センター、大崎上島町、広島県果実農業協同組合連合会、広島ゆたか農業協同組合、芸南農業協同組合、農研機構西日本農業研究センター、(株)ビジョンテック、ウォーターセル(株)、(株)ルートレック・ネットワークス、サッポロホールディングス(株)、大信産業(株)、テクノス三原(株)、(株)石禮工業、長浜産業(株)、(株)加地、松岡農園、(株)ルーチャード、山彦農園
この実証実験は、高齢化の進行と耕作放棄地が増加する広島県沿岸部のレモン栽培の課題解決を目指したものです。
実験では、作業時間の30%削減・販売量の20%増加を目標に、土壌水分の見える化システム、AI潅水施肥ロボット ゼロアグリ(ZeRo.agri)等を活用した検証が実施されています。
3)実証課題「センシング技術に基づく統合環境制御の高度化によるピーマン栽培体系の実証」(鹿児島県志布志市)※令和元年度
・対象作物:ピーマン
・実証コンソーシアム
鹿児島大学農学部、鹿児島大学工学部、鹿児島県農業開発総合センター、JAそお鹿児島、鹿児島県曽於畑地かんがい農業推進センター、鹿児島県経済連、(株)ニッポー、(株)エス・テー・ラボ、農業者6名
この実証実験は、台風常襲地域である鹿児島県大隅半島の若手農業者が強化型ビニールハウスを用いて栽培するピーマンの出荷予測の精度向上を目指したものです。
実験では、出荷予測の精度向上、5~20%の収量アップ、高単価時期の出荷量増等を目標に、光合成の最大化と転流を促進する各種センサー等を用いた検証が実施されています。
4)実証課題「パイプハウス土耕栽培葉菜類のIoT化・機械化によるスマート化実証」(熊本県益城町)※令和2年度
・対象作物:ベビーリーフ
・実証コンソーシアム
(株)果実堂、(株)SenSprout、(一財)機械振興協会技術研究所、(株)ケー・ティー・システム、東京大学大学院、岡山大学
この実証実験は、コスト面等の課題から自動化が見送られている葉菜類栽培にスマート農業技術を導入して再現可能性の高いオペレーションを構築するものです。
実験では、潅水の自動化および換気・カーテン開閉自動化による1作当たりの生産コスト25%削減、適時適水とハウス内環境最適化による収量の安定化を目標に、当社の遠隔潅水制御システム SenSprout Pro等を活用した検証が実施されています。
5)実証実験「直売イチゴ経営におけるスマートフードチェーン構築によるデータ駆動型高収益経営体系の実証」(茨城県常陸大宮市)※令和2年度
・対象作物:いちご
・実証コンソーシアム
茨城県(農業総合センター・常陸大宮地域農業改良普及センター)、PwCあらた有限責任監査法人、(株)サカタのタネ、(株)ルートレック・ネットワークス、(株)イノフィス、つづく農園
この実証実験は、直売型イチゴ経営の発展に必要なスマート農業技術を活用した一貫生産体制の構築も目指したものです。
実験では、スマート農業技術の導入による所得の6割増、低コスト環境制御による収量の3割増を目標に、AI潅水施肥ロボット ゼロアグリ(ZeRo.agri)等を活用した検証が実施されています。
5.まとめ
現在、日本の農業は農業者の高齢化や後継者不足、耕作放棄地の増加等の課題を背景に、農地の集約化や大規模化など農業生産の持続化に向けた取り組みが急ピッチで進められています。 最新のスマート農業技術を活用した水分センサーは、これらの課題を抱える日本農業に明るい未来をもたらしてくれることでしょう。